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トップや上司本人から直接聞くよりもなぜかうれしい「又聞き」の不思議

 

あなたは自分に対してのうわさをその本人からではなく、近しい他人から聞いた経験はありませんか?

もちろんのこと「悪口」は気分が悪くなりあまり面白いものではありません(基本的に部下の悪口を同じ職場の他人に言うことはご法度です)が、逆の良い評判や話と言うのはなぜか本人より聞くよりもうれしく、信ぴょう性を感じることがあります。

私は心理学の専門家ではありませんのでその点について正確には理由は分かりませんが、経験上から考えると「本人から直接聞くと感情的に受け止めてしまうところが、まったく関係ない第三者から聞くと比較的冷静に受け止めることができる」と言う心理があると思われます。

かく言う私も両方を経験しています。

以前所属していた会社の上司は本当に厳しい人で部下をめったにほめる(認める)人ではなかったのですが、ある日、上司と親しい職場の先輩から「君の上司のAが、君が最近成長してくれてすごく助かっているとほめていた」としきりに話していたことを聞き、すごくうれしかったことを今でも覚えています。

その理由としては上記のとおり私が上司のことを「厳しい人」としかとらえられておらず敬遠しがちだったからです。                                                              そんな私ですから仮に本人からその旨を伝えられても感情的に素直に受け止めることはできなかったでしょうし、それはやはり上司も分かっていたのでしょう。

逆に部下の私に対するいやな「悪口」も聞いたことがあります。                                                                         こちらは失敗談として枚挙にいとまがないのですが、一例としてはこのコラムに度々登場している以前いた会社での受付の女性の同僚からです。

当時私はある女性の部下との関係は良好だと思って接していたのですが、その受付の同僚から聞いた言葉はまったく真逆のものでした。                                                                                                  その時もなぜか女性の部下本人からではなく第三者から真実を聞いたことで何倍も大きいショックを受けたことを今でもおぼえています。

その時は「しっかりと謝罪して向き合わないといけない」とその女性の部下と誠実に接したことで最悪の事態はまぬがれましたが、改めて「本人からではなく第三者から得る情報と言うのはすごいんだな」と思ったものです。

この言ってみればテクニックを常日頃ひんぱんに多用することはおすすめできませんし、繰り返しになりますが「悪口」は絶対に言ってはいけません。                                                                      しかしトップや上司と言えども感情のある「人間」です。                                                                                  どうしても直接向き合って気持ちを素直に伝えられない時もあるでしょう。                                                                      そんな時はさりげなく下心なく部下への感謝の気持ちを素直に周りの同僚に伝えることで、それが思いがけず良い結果をもたらすこともあるのです。

 

 

「人の伝言」を最大限利用した豊臣秀吉の人心掌握術

 

この「人の伝言」「情報の伝達」を良い方向にうまく使ったのが秀吉です。                                                                           これも百姓から天下人まで駆けあがった彼ならではの「どうすれば人は動いてくれるのか?」を徹底して考え抜いたテクニックだと言えるでしょう。

秀吉がはじめて城を持った長浜城主の時のことです。                                                                                           彼は毎朝家臣が庭の掃除をしている様子を興味本位でこっそりと見ていました。                                                                                               するとやはり人と言うものは誰も見ていないところでは本性があらわれるもので、しっかりと掃除する者とさぼる者とにどうしても分かれてしまいます。

そこで秀吉は一計を案じます。                                                                                                    彼はしっかりと掃除をしているある家臣の1人を周りの家臣にそっとほめたのです。「あいつは掃除をしっかりやっているのでいずれほうびを取らそうと思う」と。

するとその話が家臣のうわさ話として城をかけめぐり、最終的には掃除担当の家臣にも伝わります。                                                                                              その結果、そのほめられた本人は「見て下さっている」と感動し更に掃除にはげむようになり、その他のさぼり気味だった家臣は「秀吉様がどこかで見ている」「一生懸命掃除を頑張れば自分たちも褒美をもらえるかも知れない」と全員が掃除にはげむようになったのです。                                                                          しばらくして秀吉は掃除担当の家臣を集めて全員にほうびをあたえたと言います。

又、秀吉が「天下取りの総仕上げ」として九州を征伐していた時のこと。ある地域の国人領主(現代で言う市長クラス)たちが「秀吉は自分たちの領地を全て没収するらしい」と言ううわさを信じ頑強に抵抗していました。

そこで又々秀吉は一計を案じます。                                                         ある1人の国人領主を力づくでとらえ自分のもとに引き出しました。                                                                      国人領主は「自害もやむなし」の緊迫した雰囲気の中、秀吉は「私にしたがってくれれば領地は安堵する」と約束をしてその日は帰したのです。                                                                           その後、誤解のとけたその国人領主は「領地が安堵されるのであれば秀吉にくだったほうが良い」と投降。                                                                             それを見て周りの国人領主たちも軒並み秀吉に頭をさげ、その結果余計な血を流さずにその地域を治めることに成功したのでした。

人は「感情」で動く生き物であり、それゆえにトップや上司本人からの話をその「感情」がじゃまをして額面とおりに受け止められない時もあるものです。                                                                そうなると関係が更にギクシャクしてしまいがちです。                                                                                        そんな時にさりげなく周りの第三者を「潤滑油」として使わせていただくことで信頼関係が改善される時もあるのです。                                                                           ぜひ、「又聞き」ならぬ「又伝え」のテクニックを使い、社員や部下との良好な関係をきずいてまいりましょう。