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実質的なトップでありながらも1歩下がった位置で幕府(会社)の未来を見守った徳川家康

2020年7月18日

会社の永続を求めるならトップの自分がいなくなった後を考えることが重要!

 

先日、非常事態宣言が解除されたこともあり、久しぶりに対面でお酒を飲む機会がありました。

 そのお相手は現在中小企業の副社長をされている友人。

 お父様が現在社長で友人がいわゆる「二代目」と言うことで現在やられているのですが、堅実な経営をされている非常に良い会社です。。

 そんな副社長である友人がお酒を飲みながらいろいろとこぼしていたのですが、その悩みの一つと言うのが「父である現社長が二代目の自分になかなか経営をまかせてくれない」と「事業承継」に関するものでした。

 私は講演を数多くやらせていただいておりますが、地方の講演先に行った時に参加者の社長様から良く聞かれることの1つがこの「事業承継」の話です。

 この時に良く出てくる現社長様からのお話がいわゆる「事業承継がうまくいっていない」と言う話題であり、社長様が後継者(ご子息の場合が多い)にたいしてスムーズに事業を引きわたせない理由として良くお聞きするのが主に以下の二つになります。

1、後継者がいつまでたっても一人前にならず、また事業を受け継ぐ覚悟も見えない

2、自分がいなくても会社が機能する状態にならない

 これは言ってみれば「相手に対する不安・心配」と「自分に対する自信」が共存している状態であり、更に言えば「自分が必要とされなくなる」ことへの不安も入り混じっているのです。

 その際、私は「事業承継」のプロではありませんので詳細な回答は控えさせていただきご希望があれば友人の専門家におつなぎしたりするのですが、この問題はいわば「人材育成」と非常に共通している点があるためその点からアドバイスはさせていただいております。

1、まずは自分が必要ではなくなる必要性についての覚悟を持ち、その場を無理にでもつくる(それが会社にとって良いことだと繰り返し自分に言い聞かせる)

2、後継者に段階的に引き継ぐことで経験を積んでもらい、自信をつけてもらう

 大きく分けてこの2点ですが、更にもう1点非常に重要な点があります。

 それは・・・

会社の経営理念を心から共有する(この会社が永続することで社会に対して何を提供できるのかを共有する)

です。

 ここを双方が心から共有しないと、必ず事業承継はうまく行かず最悪次代で倒産と言うこともあり得るのです。

 後継者も会社を承継すると言うことは非常に「不安」なのです。

 これは現社長(自分)が大きな功績を作った人であればあるほど後継者はプレッシャーを感じます。

「自分が果たして会社を引き継いでうまくやって行けるのか?」

と思っているのです。

 そしてそれ以上に後継者が思っていること、それは・・・

「この会社が社会に存在する必要があるのか?」

と言うことです。

 後継者は創業者でない限り、会社の存在意義に対して強い思いを持っているわけでは決してありません。

 そのため現社長から後継者に対して

1、なぜこの会社を作り、何を目指したのか?

2、この会社の社会での存在意義は何なのか?

を明確に何度も繰り返し話すことで後継者の覚悟は固まって行くのです。

 それがあってはじめて段階的な承継にスムーズに移行することが可能となるのです。

 上記のように「事業承継」とは内的事項と外的事項の双方を承継することが非常に重要になるのです。

 

 

事業を承継する段階で経営から1歩身を引き「部分干渉」にとどめた徳川家康のバトンタッチ

 

 私があつかっている信長・秀吉・家康の「戦国の三英傑」の中で事業承継に成功したのは戦国時代の最後の覇者である家康です。

 ちなみに参考ですが、信長は後継者の信忠(のぶただ)には非常に厳しく接し、また承継半ばで本能寺で倒れた(その際後継者の信忠も共に亡くなっています)、秀吉は後継者の秀頼が幼かった、また甘やかしすぎて1人立ちする機会を与えなかったこと等が原因で、両家とも2人が亡くなった後ほどなくして滅亡(倒産)しています。

 ここから学べることはやはり「厳しすぎ」でも「甘すぎ」でもうまく行かないと言うことです。

 適度な距離感を持って国(会社)の経営に影響が出るような時にだけ介入することを心がけたほうが事業承継は成功することがこの例からも分かります。

 さて家康ですが、彼がおこなったのはまさにこの後者の承継策だったと言えます。

 家康はいまだ豊臣氏が健在だった1605年に「これから天下は徳川が責任をもって治めていく」ことを宣言するために就任後わずか4年で将軍職を後継者の秀忠(ひでただ)にゆずりました。

 その後家康は徳川幕府の政治の中心である江戸を退去して駿河(するが=現在の静岡県)の駿府(すんぷ)に移ります。

 これは距離的に考えても遠すぎず近すぎずの絶妙な場所と言えますが、この後家康は1616年に亡くなるまで「二元政治」をおこなっていきます。

 要所要所での介入はするが、基本的には幕府(会社)の経営は後継者の秀忠にまかせると言う形です。

 そして徳川幕府成立まで重要な自身のブレーンだった主な家臣を軒並み秀忠付きとして江戸に残し、自身は新たなブレーンを採用して徳川幕府の形を作って行く中で駿府から江戸へ段階的に権限移譲をおこなって行きました。

 この間「現在の徳川幕府の将軍は秀忠である」と言うことを明確に意識し、江戸からの相談や問い合わせ等には応じるものの、自分から進んで進言をすることはありませんでした。

 そんな中でも江戸に残した家臣たちから定期的に幕府と秀忠の状況の報告を受けていたと言います。

 上記の点から家康は・・・

1、自身の前社長としての権限や介入したくなる気持ちをおさえるためにあえて1歩引いて本拠である江戸と距離をおくことで自身の影をうすめた

2、優秀なブレーンを後継者である秀忠につけることで体制を盤石にし、その上で段階的に権限を委譲することで秀忠が経験を積む期間を設け将軍(社長)として独り立ちする流れをつくった

のです。

 これにより徳川幕府の事業承継は成功し、余談ですが秀忠も自身の後継者である家光(いえみつ)にたいして同じ方法を採用、その期間の間に徳川幕府は根幹となるあらゆる仕組みを整備しその後の長期政権につながっていったのでした。

 自分が努力をして築いた、または守ってきたもの(会社)を次代につなぎたいと思うのは当然のこと、しかし思いが強ければ強いほどなかなかその権限を手放せずに承継が進まないと言うことになってしまいます。ぜひ、現社長自身が1歩引いていつでも会社を去れる覚悟を持ち、後継者を信じて段階的に権限を委譲していくことで安定した事業承継を目指してまいりましょう。

 

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