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老中による合議制の仕組みに作りあげたことで265年の永続を築いた徳川幕府

2020年7月24日

組織永続のポイントは「権限の委譲」にあり!

 

 「関ヶ原の戦い」で勝利し名実ともに「天下人」になった徳川家康はその3年後の1603年に江戸に幕府をひらきました。

 徳川幕府のスタートです。

 その後、この徳川幕府は将軍としては15名・期間としては実に265年と言う長きにわたり日本のかじ取りを行ったわけですが、その要因はどこにあったのでしょうか?

 それは複数の要因がありますが、その中でも特に大きかったのが「老中による合議制」と言う仕組みが確立し、権限の委譲にに成功したからだと言えます。

 家康は上記のとおり1603年に初代将軍に就任しますが、そのわずか2年後の1605年に将軍職を息子の秀忠にゆずります。

 これは当時の状況からまだ以前西に勢力を保っていた豊臣家にたいし、「今後は徳川が世襲で責任を持って日本をおさめていく」と言う意思表示だったとも言われています。

 そして家康は・・・

江戸を退去して駿河国(現在の静岡県)の駿府に移り住んだ

のです。

 そして関ヶ原以前に自身の重要なブレーンだった家臣たちを江戸の秀忠付きとして残し、駿府では新たに有能なブレーンを採用し幕府の根幹となる仕組みを作り上げて行きました。

 この秀忠に付いた家臣たちが「老中制」の原型と言われています。

 家康は自身の影響力が最小限になるように政治の中心である江戸をはなれ、1歩引く形で新将軍の秀忠に少しずつ権限を委譲して行ったのです。

 この時の家康と秀忠のいわゆる「二元政治」の役割としては・・・

家康-会社で言う理念・ビジョン・戦略を策定

秀忠-家康の戦略を受けて老中との合議により具体的に進める戦術を策定

と言う形になっていました。

 この時点で徳川幕府はトップが全てにおいて介入する状態を脱しはじめたと言えます。

 その後、家康が進めたこの「老中の合議制」の仕組みは彼の死後も受け継がれ更に強化されていくことになります。

踏襲されていく「老中制」 

 

 二代将軍の秀忠も家康のやり方を踏襲し、三代将軍となる息子の家光に自分の存命中に将軍職をゆずり、権限を段階的に委譲していく形を取ります。

 そして家康から家光の治世までの約50年間で徳川幕府の政治的機能はほぼ確立し、将軍の役割としては老中が立てた案件にたいして判断をするのみと言う段階に移行していきました。

 そんな中でも徳川幕府は「老中による合議制」と言う体制を維持しながらも組織として行きづまる状態が度々起こりました。

 体制を長期的に維持していくことはそれほど難しいことと言えますが、その都度家康のような強力なリーダーシップを発揮する将軍が登場し、体制を改革していくことで安定がはかられていきます。

 五代将軍の綱吉や八代将軍の吉宗、そして「江戸の三大改革」として知られる寛政の改革を推進した松平定信や天保の改革を推進した水野忠邦などがそれにあたります(残りの享保の改革は前述の吉宗が自ら実行しました)。

 いずれもトップである将軍や当時の将軍から全権をまかされた老中のトップの人たちです。

 徳川幕府が265年も続いた大きな要因の1つは、この権限の委譲をこの長期間の中で繰りかえしおこなったことだと言えるのです。

 つまり時の経過や情勢の変化等で劣化した組織を強リーダーシップで立てなおすタイミングは定期的におとずれるとしても、常に永遠にトップが全権限を掌握し組織を動かしている状態では安定せず永続することはないのです。

 組織として望ましい形は役職者が自分たちで会社の理念やビジョン・戦略にのっとって考え最適な戦術を立て自ら動くことがベストとなるのです。

 そしてトップは余裕ができた状態でさらに先を見すえた戦略を考えること、これこそトップがやるべき仕事になります。

 ぜひ徳川幕府が265年続いたように、トップの家康以下将軍が自らの権限を手放したように、トップは基礎的な会社の仕組みの基盤が出来上がったら時を移さず役員や役職者に権限を委譲し、自分が本来やるべき仕事に専念できる状態を作り会社の永続を築いてまいりましょう。

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